もう「あのコッポラの娘で・・・」という前置きも必要ないほどの評価を受けている映画監督のソフィア・コッポラは、写真を始めるとき知人であるブルース・ウェーバーに電話してアドバイスをもらったそうだ。
野球を始めたいと思い立ち、バットを握ったこともないのにイチローに電話してアドバイスを貰うくらいすごい。
アドバイスはふたつあった。
まずレンズは最初の一本を長く使うように。ぼくもこれは賛成だ。ズームや交換レンズに頼らず、足を使えば写真が死ぬことがない。目で見たもの、心で感じたもの、それを写真に定着すること、これらを一致させるため大事なことだ。
もうひとつはここに書かない。想像してみてほしいから。とにかくそうしてソフィア・コッポラは写真を始めた。
彼女の代表作「ロスト・イン・トランスレーション」の舞台は東京。文化や環境がまったく異なる場所に放り込まれたときに抱く、不安とも高揚とも言い切れない奇妙な感情がテーマになっている。
この時代らしい素敵なセリフがある。「女の子は誰でも写真に夢中になるの。馬を好きになるようにね。自分の足とかくだらないものばかり撮っている」
ここで描かれる東京は、いささかステレオタイプで見ていて恥ずかしくなるものの、浮遊感が美しい。カメラマンが登場して、ハードケースにペンタックス67が収納されているのにも心躍る。My Bloody Valentine(まだ活動停止中だった!)の名曲「Sometimes」をBGMに、夜の東京が映し出されるシーンはぜひ。東京の撮り方に影響を与えたと思う。
バックパックを担いでモロッコを旅したとき、タンジェからカサブランカに向かう駅のホームで、外国人に声をかけられた。
「君は東京からやってきたのか?」
日本ではなく、東京というのが気になった。
「そうです」とぼくは答えた。「でもどうして?」
「私の好きな『ロスト・イン・トランスレーション』に、君のような若者がたくさん登場していたから」
この旅で、モロッコの子どもたちにやたらと「ジキシャン!」と声をかけられ、どういう意味なのかずっと考えて、「ジャッキー・チェン」だと気づいた。ためしにカンフーのポーズをとると、歓声が湧き上がった。そのぼくが「ロスト・イン・トランスレーション」と重なるなんて。
そんなわけでこの映画を見ると、モロッコの旅を思い出し、写真を始める人にどんなアドバイスをするのが正しいか考える。
原稿を書くため久しぶりに見直したけれど、あまり印象が変わらなかった。もう15年以上も前なのに。交換レンズ、エフェクト、編集に頼らない、強い視点のおかげだろう。
内田ユキオ(Yukio Uchida)
1966年 新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。
ライカによるモノクロのスナップから始まり、音楽や文学、映画などからの影響を強く受け、人と街の写真を撮り続けている。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞などにも寄稿。著書「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。
現在は写真教室の講師、カメラメーカーのセミナーなどでも活動中。
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