こんにちは!管理人のまちゅこ。です。
新企画として、写真家さんによるコラムを、月に一度ご紹介したいと思います。
寄稿いただく写真家さんは、安達ロベルトさん、内田ユキオさん、大門美奈さん。
初回である今回は、GR official英語版の方でも記事を書いていただいている、安達ロベルトさんです!
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小学生だった頃の話である。
生まれ育った家の東側には広い水田地帯があり、その向こうの遠くに、なだらかに南北につづく山々があった。人々はそれを東山と呼んだ。
毎年8月の後半に、その東山の中腹で花火祭りがあった。花火祭りといっても、スターマインのようなきらびやかなものはほとんどなく、単発の花火が間隔を開けて打ち上げられる、手作り感のあるものだった。
その日は夕方くらいになるとソワソワした。だが、夜も深まり、いよいよ始まるかという頃になると、当時の子どものほとんどがそうであったように、もう寝る時間だと親や祖父母に言われた。しぶしぶ寝室の淡い青色の蚊帳のなかに入り、明かりを消して横になって目を閉じるが、いっこうに寝られなかった。
しばらくすると、蛙や虫の声に混じって、遠くから花火の音が聞こえ始める。田園の上を通過してきた、湿り気を帯びた小さな破裂音。耳に集中する。一つ。二つ。そして三つ。
がまんできず、周囲の大人に気づかれないよう蚊帳から手だけを出し、寝室の東側の扉をしずかに少しだけ開ける。夜風の香りがする。すると遠くで丸い花火が、真夏の湿度と蚊帳のフィルターを通して微かに揺らぎながらきらめいて、東山の一隅を照らし、消える。
十数秒遅れて、暗闇の中で破裂音だけがする。残響が一瞬その場を支配し、すぐにもとの沈黙へと帰る。
閃光、破裂音、沈黙を幾度か繰り返した後、やがてどれほど待っても何も光らず、何も聞こえなくなる。
祭りが終わったのだ。まもなく夏も終わる。
あの晩見たもの、聴いたもの、香ったもの、肌で感じたもの、心が感じたものを言い表す形容詞は、まだティーネイジャーにもなっていなかった子どもの辞書にはなかった。だが、単純な言葉に置き換えなかったおかげで、淡く複雑だがリアルな感覚として、ずっと身体に残りつづけている。
人は誰でも人生のどこかのポイントで、感性や人格形成に大きく影響を与えた体験をしている。それを原体験と呼び、行動の方向づけや創造のインスピレーションのベースになっていることがある。
今でもカメラを構えるとき、あの夏の終わりに全身で体験したものを、もう一度写真を通して体験したい、写真にしたいと思う自分がいる。
Photo taken with GR III
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安達ロベルト(Robert Adachi)
人がどのようにつながり、創造するかに常に関心を持ち、十代で外国語、プログラム言語、絵画を学び、大学で国際法と国際問題を学び、22歳で作曲を始め、32歳のとき独学で写真を始める。GR DIGITAL III、GXR、GRのカタログ写真・公式サンプル写真を担当。「GRコンセプトムービー」の背景に流れるオリジナル音楽を作曲。ファインアートの分野で国内外で受賞多数。主な出版に写真集「Clarity and Precipitation」(arD)がある。
www.robertadachi.com