ー 28mmの難しさー
かつてGR IIIの企画開発にたずさわったご縁で、Webや雑誌などいくつかのメディアでインタビューを受ける機会がありましたが、その際に、28mmは扱いが難しい焦点距離といった趣旨のはなしをしたことがあります。
自らが担当した製品の仕様*を引き合いに、ネガティブにも聞こえる発言をするのはちょっぴり勇気がいることでもあったのですが、今もこの意識は変わっていません。
(*GR III搭載レンズの実焦点距離は18.3mm。フルサイズ換算だと28mm相当です)
28mmは、いわゆる広角レンズ。およそ75度の画角は、僕らがふだん何気なく目の前の光景を見つめる、その印象よりも広い範囲を記録します。
だから、画面の隅々まで見渡し、多くの場合は被写体へ一歩も二歩も接近して、撮る。
そうしないと、何だかパッとしない写真になりがち...ってことは、GR使いのみなさんであれば経験から理解できると思います。
GR IIIx, P mode, 1/1000s, F8.0, ISO200
GR III Street Editionや、他の投稿にもちょいちょい書いておりますが、フットワークと瞬発力を駆使して被写体の懐にまで迫り、一瞬を仕留める狩人のような撮影法は僕の憧れ。
カメラを手に街へ。家を出る時の気概だけは、ゲイリー・ウィノグランドと言ったところなのですが、ここぞという場面で声を掛けたり、一歩前へ踏み出す勇気を持てず、もどかしさを抱えて帰路に就く、といった苦い経験は幾度もあります。
フットワーク次第で、ダイナミックで躍動感あふれる描写を可能にする28mmの個性に惹かれながらも、中途半端な間合いを許さない不寛容さのツンデレぶりに手を焼く、草食系スナップファンあらいたの率直な胸中が冒頭の発言の真意です。
GR IIIx, P mode, 1/100s, 2.8, ISO200, Hard Monotone
ー 40mmは素直なレンズー
さてGR IIIxですが、このモデルは標準域40mm相当(実焦点距離26.1mm)のレンズを搭載しています。
画角にすると約57度。人がものを見る時に形や色を認識しやすい範囲(有効視野と呼ぶそうです)に近いためか、写真として記録される領域と見ている範囲の感覚がわりと一致します。
自然な間合い、素直な心持ちで、目の前の事象を穏やかにスナップできるのが40mmの特徴、ではないでしょうか。
GR IIIx, Av mode, 1/80s, F2.8, ISO800
ー“MECE”な関係ー
複数の要素が互いに重複せず、抜け漏れもない関係性をMECE (Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive)と呼ぶのだそうですが、GRの28mmと40mmはこれに該当すると思います。
被写界深度・パースの付き方のような光学的な特徴はもちろんのこと、被写体との間合い、それらが撮影者に及ぼす気分や行動への影響に至るまで、この2つの焦点距離は守備範囲が被らず、うまいこと相互補完できるコンビネーション。
まさしくスナップカメラにおけるMECEと呼びたくなります。
GR IIIx, P mode, 1/125s, F5.6, ISO160, Positive Film
GR IIIxでは、再生時のトリミング処理に4:3と16:9が加わりました。これは16:9に切り出したもの。ちょっと映画のワンシーンのようにも見えませんか?
ー新たな視座ー
ブログ読者のみなさんは、今のGRの距離感覚が体に刷り込まれている方も多いと思います。その状態でGR IIIxを使えば、間違いなく最初は戸惑います。
使い始めは、一歩進んで、二歩下がってからシャッターを切るような感覚かもしれません。
けれど、心配には及びません。ツンデレ28mmとうまく付き合ってきたGR使いであれば、スナップ撮影の勘どころは知らず知らずに備わっているというもの。
素直な性格の40mmと打ち解けるまでに時間はかからないでしょう。
GR IIIx, Av mode, 1/100s, F13, ISO1600, Hard Monotone
こちらは、横位置で撮影したものから、4:3の範囲を切り出しています。トリミング処理の際に画像を0.1度単位で回転させることも可能。微妙な水平線の傾きを正すのに重宝します。
ちょっと気取った言い方かも、ですが…
GR IIIxが愛機に加わることは、カメラを通して心に留まるものを見る、その「視座」が、もう一個増えるような刺激でもあるんじゃないかって思っています。
もしかしたら、今まで素通りしていた対象にレンズを向けるようになるかもしれません。
同時に、新たな視座は今までのものの見方を見直すきっかけにもなりますよね。
一人暮らしの経験を経て、家族のありがたさを知るみたいな。
GR IIIx Av mode, 1/30s, F8.0, ISO800, Vivid
僕自身は、GR IIIxが優しくかなえてくれる、今よりちょびっと遠くから落ち着いて撮れる自由さを、お気に入りのアングルを見つけ、シャッターチャンスを待つ気持ちのゆとりに還元したいと思います。
馴染みの相棒、オリジナルGR IIIとはどう付き合おう。
都会のカオスな側面は、やっぱり28mmの画角と深度を活用してアグレッシブに写したいなあ..。
おっと、そのためには一歩踏み出せる図太さも身につけなきゃ。
両者のいいところをうまく引き出せるよう、スナップ撮影の心・技・体に鍛錬を積んでいかないと...、ですね。
(あらいた)
*写真はすべて試作機で撮影しています。