写真を撮り始めたのは21の頃からである。
「カバン持ちで来ない?」と伯母に連れられたスペインにすっかり魅せられてしまい、どうにかしてもう一度スペインに行きたいと思った私は、当時造園学を学んでいたのを良いことに卒論のテーマをスペイン・グラナダの世界遺産であるアルハンブラ宮殿に定めた。そうと決めたら早いもので、スペイン語の短期集中講座に申し込み、ホテルとチケットを取り、一眼レフを手に入れひとりスペインへと向かったのである。
それまでも使い切りカメラやコンパクトカメラはよく使用していたが、一眼レフを手にしたときの高揚感は今でもじんわりとした温かな気持ちとともによく覚えている。
スペインでのメインの撮影はアルハンブラ宮殿内のアラベスクが刻まれた壁面や、イスラム統治時代から伝わる水路などの卒論の資料であったが、ふと外へ目をやると9月の高い空の下の風景はそれはのびやかな魅力にあふれ、私は自然とスナップを撮るようになっていた。それがスナップとは認識せず、ただシンプルに心を動かされた場面にカメラを向け、シャッターを切ること。その場その場で瞬時に風景の一場面を切り取る楽しさに目覚めたのはまさにこのときである。
1ヶ月後、カメラ店で現像されたポジフィルムの袋を受け取り、待ちきれずその場で中身を確認した私は、またたく間に現地に引き戻されるような感覚に陥った。スペインの乾いた空気まで感じられるような、あのとき自分の見たままの風景が手元で光っていたのだ。カメラを手に入れたときよりもさらにもう1℃くらい温かい血が身体中を駆け巡るのを感じた。
私にとってカメラとは「あのとき」へ連れて行ってくれる道具なのである。
どんなに美しい映像も自ら得た記憶には敵わない。たった1枚の写真が、あのときの石畳の感触や赤い土埃、唇がやけどしそうになるくらい熱いカフェコンレチェの味を呼び起こしてくれるのだ。
納戸の奥に保管してあるポジフィルムを光にかざすたび、いつでもあの頃の気持ちを思い出すことができる。
あれからずっと、カメラはいつも私とともにある。それはきっと私の網膜と直結した記憶装置なのだ。
今日もGR IIIを片手に。おやつはアルハンブラ・エスペシャル。
大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。リコーRING CUBEの公募展をきっかけに写真家となる。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「本日の箱庭 」・「浜」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。
www.minadaimon.com