海が近くにあってよかったと、この3年間を振り返ってみて改めて思う。
訳のわからぬまま引きこもった1年目も、自粛自粛の2年目も、どうにか付き合い方が分かってきたような3年目も、とりあえず浜に出れば海はそこにあるし、家にいても南風なら波音もよく聞こえる。
スーパーへ行くにも、最短距離でない海沿いをてくてく歩いて向かう。特段特徴のないただの海沿いの道だが、一歩一歩砂の感触を足裏全体で確かめるように歩いてみたりする。
2018年に出版した写真集「浜」もここから生まれた。
浜に集う人がたったひとりいなくなっただけでも大きく変わってしまうこの浜の風景をせめて写真の中にだけでも留めておきたい、その一心で撮りつづけたものだが、写真集を発送するため郵便局へ向かうのも少し遠回りをして海沿いの道を通っていった。この写真集を開いた人が少しでも潮の匂いを感じてくれたらいいな、という単なる自己満足に過ぎないのであるが。
海が近くにあるというのはこうしたことなのだろうと思う。別に用があって浜へ行くわけではない。「そこに山があるから」ではないが、海がそこにあればなんとなく足が向くものである。海があるからとりあえずカメラを持っていく。カメラを持っているから写真を撮る。海を見、潮風に吹かれ、砂にまみれて写真を撮っているうちに気持ちが解れてゆく。マスクを外して潮風をいっぱいに吸い込むと、細胞ひとつひとつが湿気を帯びて、少し身体が大きくなったような気分になる。
海の近くに住んだのは単に偶然が重なった結果だった。
「いつかは海の近くに」なんて思ってもいなかったし、サーフィンをしたいと思ったことすらなかったが、物事には逆らえない流れのようなものが度々あるもので、とにかく私はその波に乗ってみることにしたのだった。
ただ海を見て写真を撮る。写真を撮っているうちに潮が満ちてくるのにも気づかず、いつもずぶ濡れになってしまうので私が「兄ィ」と呼ぶ漁師にすら「またか」と呆れられてしまうのだが、性分だから仕方がない。
何も変わらないようでいて日々姿を変えてゆく海と海が生み出すこの浜という場は、いつも大きく腕を開いて私を迎え入れてくれる。今日の午後はあの時と同じように、黒霧島の一升瓶を枕に昼寝でもしようか。
大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。リコーRING CUBEの公募展をきっかけに写真家となる。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「本日の箱庭 」・「浜」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。
www.minadaimon.com