9月のある日、大荷物を持って都内へ向かった。
東海道線の二人がけの席に座り、荷物を網棚に載せる。大荷物といえど本とカメラを持たないという選択肢は無いので、出掛けに中公新書とGR IIIを仕事用の荷物とは別のバッグに突っ込んできた。9月になったというのにまだまだ日差しが強い。日傘を入れたらもうパンパンの小さな手荷物のサイドポケットからちらりと覗くGR IIIを確認して、ほっと一息つく。
荷物が多いとそれだけで写真を撮る気力が削がれるものだが、GRは気負わなくてよいカメラなので、スマートフォンを持つくらいの体力があれば扱える。何より素敵な光景に出会ったときにカメラを持っていないことを嘆き、その日の酒が不味くなるのは何としても避けなくてはならない。
やけによい光に出会える日というのが一年のうち何度かあって、この日はまさにそんな日だった。
積極的に被写体を探していたわけではないが、いちいちバッグからGR IIIを取り出すのも面倒になって、結局右手の人差し指にストラップを引っ掛けて歩く。「あ」と片目が反応するかしないかほどの速度で写真を撮ることができるのが、このカメラの最大の取り柄だろう。
一枚撮るごとに嬉しい気持ちが積み重なり、撮影後もそれが持続する。何十年経過しても良い写真は良いものだし、シャッターを切った際の気持ちだって、はっきりと思い起こすことができる。きっと右目と右人差し指が連動することによって、私の脳みそには小さな写真の領域が生成されているに違いない。
いつでも持ち歩けるカメラがあるというのは、なんて幸せなことなのだろう。GRがあればいつだってビールは美味しい。
【プロフィール】
大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。リコーRING CUBEの公募展をきっかけに写真家となる。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・
WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「本日の箱庭 」・「浜」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。
www.minadaimon.com