なぜ私は今別府のスナックにいるのだろうか。
あらましはこうだ。
コロナ禍も落ち着き再び地元の居酒屋へ顔を出すようになった頃、カウンターの常連の顔ぶれが多少変化していた。見知らぬ店になったようでカウンターの隅に座りキョロキョロしていると、ひとりの女性が入ってきた。私の隣に腰かけると慣れた様子で注文を済ませる。常連のひとりが声をかけた。その名を聞いて「あっ」と思わず声が漏れる。
困ったときによくモデルをしてもらっているサーファーのナベちゃん(※)が最近よくこの店に連れてくると話に聞いていたMさんであった。
そんなこんなで何度かカウンターで話をするうちに、フグの話題になった。夫が大分でフグの肝を食べた話をしていると、Mさんが「大分にフグを安く食べられる店がある」とのこと。それならばいっそ行ってしまえ、ということで話は冒頭に戻るのである。
大分へはカウンターの常連メンバーも当然一緒である。皆と楽しみたいけど写真も撮りたい。大人の旅行だからずっと一緒というわけではないけれど、あまり気構えしたくないし、させたくない。もちろんお酒も飲むから、手振れ補正もしっかり効いてくれるカメラがいい。ここはGRが最適解といえるだろう。バッグのポケットにGRⅢとGRⅢxの2台を突っ込んで大分行きの飛行機に乗り込んだ。
初日の夜に大分でフグをたらふく味わった翌日は、Mさん主催による別府ナイトである。別府駅に響く「べっぷー、べっぷー」という独特の構内放送と街全体に漂うほのかな硫黄の香り。開くスナックの扉。地元の酒飲み仲間と遠征してまで酒を飲むという大人ならではの楽しみ。カラオケの曲に合わせてGRで撮る表情は、皆溢れんばかりの笑顔である。
春は出会いと別れの季節。仲良くなったMさんもまもなく別の場所へ越してしまうらしい。酒はすぐに流れてしまうけれど、GRで撮った笑顔と旅先で過ごしたあたたかな気持ちはきっといつまでも残ることだろう。少し気持ちが薄れそうになったら、また会いにいけばいい。
翌朝、少し酒の残る身体で宿近くの浜を歩く。春らしい霞の漂う空気の中、渋い顔つきの猫を撮らせてもらっていたが、しばらくするとぷいと外方を向いて公園の中へ消えてしまった。家では愛猫の小花さんが待っている。そろそろいつもの浜と居酒屋に帰ろう。
※ ナベちゃんは【SENSE】VOL.5 大門美奈さん にも登場しています。
【プロフィール】
大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。リコーRING CUBEの公募展をきっかけに写真家となる。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「本日の箱庭 」・「浜」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。
www.minadaimon.com