僕が大学で写真を勉強したのはもう40年も前。その頃、1年生は課題を35ミリフィルムで提出してはならず、基本的にシノゴと呼ばれる4x5インチフィルムを使う、大型カメラで撮ることが義務付けられていた。映画なんかで出てくる、昔の写真屋さんが使っていたもので、ファインダーを覗くのに布をかぶるやつだ。
カメラは金属のレールに2枚の板が取り付けられたもので、前板にはレンズが、そして後板のガラス製ファインダースクリーンで、像を確認するようになっている。むろん三脚は必須。本体も重くて使いづらい。
カメラ用レンズというのは虫眼鏡と同じ構造なので、上下左右が反転した形で像を結ぶのだ。ほの暗いスクリーンに映る像は極めて美しい、どんなものでも素晴らしく見えてしまう。しかし撮影後、フィルムを現像しプリントすると、そのマジックは消え、何ともつまらない写真ばかりが出来上がる。それに耐えながら数々の課題をこなし、先生のチェックをくぐり抜け、晴れて2年生になれる。
そこからは、カメラは何を使ってもいい、ということになるのだけれど、僕はなぜかシノゴが忘れられなくて、4年次の卒業制作をするときに、わざわざ面倒臭いシノゴを使うことにした。学校が払い下げたボロボロのシノゴカメラを手にいれ、さまざまなものを撮影してみた。
そしてフリーランスカメラマンになっても、シノゴは僕のメインカメラとなっていった。先ほども書いたけど、上下左右反転するからファインダーを覗いて構図を決めるのは困難だ。しかもそのときだけは、何でもきれいに見えてしまうし。
それなのになぜ使い続けたかというと、あるとき気がついてしまったのだ、撮りたいものにレンズの向きを合わせればいいことに。これは自分の中では革命的なことだった。
ファインダーを覗いて何かを決めるのではなくて、もうすでにレンズを向けた時点で全てが決まっているのだ。まず僕は対象となる被写体を見る。次にどの位置で撮るかを決める。そこに三脚に据え付けられたカメラを置く。レンズを撮りたいものに合わせる。
シノゴカメラはレンズの延長上にファインダースクリーンがある。僕はその範囲を確認するだけ。たったそれだけ。僕はシノゴのカメラこそ、もっとも使いやすいカメラだと気がついた。見る、据える、レンズを向ける、撮る。たったこれだけでいいのだ。ある時期、僕は仕事のほとんどをシノゴで撮っていた。大きく引き伸ばすためではない、使いやすいからなのだ。
この「レンズを向ける」ということに気がついたとき、僕の写真は激変した。ライカでも二限レフのローライでもレンズを向けさえすればいい。そしてリコーのGRはまさにレンズを向けるカメラなのだ。だから僕はずっと使い続けている。
渡部さとる
1961年山形県米沢市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ、報道写真を経験。同社退職後、スタジオモノクロームを設立。フリーランスとして、ポートレートを中心に活動。2003年よりワークショップを開催。
最近ではすっかりYoutube「2B Channel」の人として認識されている。おかげさまでその功績が認められて第33回「写真の会賞」特別賞を受賞しました。現在慶應義塾大学大学院非常勤講師でもあり、近著には『撮る力見る力』(ホビージャパン)がある。
Satoru Watanabe@watanabesatoru2b