【コラム】知らない街/木村和平

2024.02.23 BLOG

私はいまトルコあたりの空を飛んでいて、猛烈な眠気と斜め前の赤子の言動をみたい気持ちに揺れながら、この原稿を書いている。
怒涛の日々が終わり、飛行機の席に座ったのとほぼ同時に眠りについて、トイレに立つ隣の人に起こされたところだ。席のモニターを見ると、位置情報を示す飛行機のマークが3センチほど進んでいた。

仕事で1週間ほど、パリとブリュッセルへ行ってきた。
放っておくとこの1週間が夢として処理されてしまいそうなので、簡潔に書いておこうと思う。
 
初めてのヨーロッパにどぎまぎしていた私は、随分と余裕を持って準備を始めた。そのおかげか、毎度何かを持ってくるのを忘れる私が、今回は必要なものが全て揃っていた。往路の飛行機では、窓の景色を見たいがために、周辺の助言に反し窓際の席を選んだ。結果一度も席を立たずに13時間のフライトを過ごすことになったが、モニターに入っていた「座ったままヨガ」と、グリーンランド上空で見た圧倒的な朝焼けのおかげで、とても良い時間となった。
 
今回の旅には、4つのカメラを持って行った。
35ミリのフィルムカメラを2つとマニュアルのハーフカメラ、そしてGR。悩み抜いた末に、一眼のデジタルカメラは持っていくのをやめた。この選択ができるのも、GRだからこそだと思う。

パリの最初の二日間はフリーだったので、ただただひたすらに街を歩いた。普段散歩中に滅多に写真を撮らない私にしては、たくさん撮った方だと思う。街並みがそうさせたのか、単に浮き足立っていたのか。その両方だろう。
いい意味で他人への関心が薄いこの街では、快適にスナップ写真を撮ることができた。けれど誤解を恐れずにいうと、最初の二日はあまり天気に恵まれなかったというのもあり、景色と光が変わらないことにすぐに飽きてしまって、カメラを取り出す頻度は落ちていった。私は東京の目まぐるしい景色と、ビルの間に落ちる一瞬の光が好きだと、初めて思った。

フリーの時間をフル活用して、ギャラリーや美術館を回った。マーク・ロスコやマイク・ケリー、邱世華、そしてトム・サックスなど、どれも大変良かったが、中でもピノーコレクションで観たエディス・デキントに心を打ち抜かれて、観にこられて本当に良かったと思った。安藤忠雄による建築も素晴らしく、他に予定していた場所をいくつか諦めて、数時間吹き抜けの景色を楽しんだ。
今回大型の美術館はオルセーのみに絞った。名画を背景に写真を撮る人々がことごとくアジア人なことにショックを受け、人気のエリアを足早に通り過ぎてしまったが、エドガー・ドガの一枚の絵の前で、私は動けなくなった。生まれた時からその絵のポスターが実家のリビングに飾られていたので、実物の重みに眩暈がした。絵画に対して、”実物を観られてうれしい”という気持ちになったのは初めてだなと思った。

仕事の詳細はまだ書けないが、あまりに濃厚な日々だった。この旅最大の任務である帰りの空港での保安検査も、拙い英語でどうにか伝えて、フィルムたちをX線に通されずに済んだ。最近の機器は通されても影響はないとも聞くが、本当のところはどうなのだろう。
GRで撮影した写真たちを見返しながら、旅の断片を反芻している。羽田に着いて普段の生活に戻ったら、この記憶は薄れていくだろうか。そのために写真があるのかも知れないと、改めて思った。

  
 
 
木村和平
1993年、福島県いわき市生まれ。東京在住。
ファッションや映画、広告の分野で活動しながら、幼少期の体験と現在の生活を行き来するように制作を続けている。
第19回写真1_WALLで審査員奨励賞(姫野希美選)、IMA next #6「Black&White」でグランプリを受賞。主な個展に、2023年「石と桃」(Roll)、2020年「あたらしい窓」(BOOK AND SONS)、主な写真集に、『袖幕』『灯台』(共にaptp)、『あたらしい窓』(赤々舎)など。
Kazuhei Kimura (@kazuheikimura)




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