【パリ・フォト2024 レポート】ブック・セクター編(後編)/石井朋彦

2024.12.19 BLOG

 パリ・フォトのもうひとつの顔は、世界中のブックショップが軒を連ねる、「ブック・セクター(EDITION)」です。MACKやTASCHEN、SteidlやApature等、海外の写真集をお持ちの方々は一度はその名を目にしたことのあるであろう出版社が、今年一推しの写真集や、歴史的な写真集を販売しています。高額なプリントは敷居が高くとも、写真集は気軽に手に取ることができる。多くの来場者が、ギャラリーを巡ったあと、目を輝かせながらブック・セクターを訪れるのです。

 写真集を手に取る人々を観察していると、あることに気がつきます。表紙を撫で、ページを開いて鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。写真集を工芸品のように扱うのです。ヨーロッパには、職人を重んじる文化がありますが、フランスにおいてもそれは同じです。ブックデザイナーや造本を手がける職人たちに対するリスペクトが高い。本そのものがインテリアやアート作品として認知されており、ブック・セクターは、一冊の本以上の宝物を手に入れる場なのです。

 日本の写真集もまた、世界で高く評価されていることをご存知でしょうか。樹と水に恵まれた日本は、良質な紙の生産国でもありますが、1980年代から2000年代、活況を極めた雑誌文化と、写真雑誌の隆盛によって、プリントよりも印刷物としての写真が、日本の写真文化を支えてきたという背景があります。
 ある海外の著名な写真家がこう言ったそうです。
「写真集を出せるなんて、生涯で数冊だ。なぜ日本の写真家はこれほど写真集を出版することができるのか」──と。

 私がスタッフとして同行した、町口覚・景兄弟による「Bookshop M」の目玉は、日本を代表する写真家・森山大道氏の「DAIDO SLIDE」。森山大道氏が、1999年、サンフランシスコMoMAで自身の作品を発表するにあたって、それまでの自身のベスト写真を140点セレクトした、まさに「DAIDO BEST」。今から25年前、サンフランシスコMOMAを皮切りに、全米を巡回した「DAIDO MORIYAMA STRAY DOG」のスライド140点をスキャンし、手に取りやすいサイズの造本に封じ込めた「DAIDO SLIDE」は、現地の写真集ファンをして「これは森山大道写真集の最高傑作だ」と言わしめていました。
 木村伊兵衛賞受賞作家・岩根愛氏の「COHO COME HOME」は、岩根氏が高校時代に過ごしたアメリカを舞台に、サケの帰巣本能と自らの帰郷をテーマに写真と文章を紐解いた作品。ギャラリー・セクターで大きな話題となり、多数のプリントが購入された山上新平による蝶の写真集「KANON」等、パリの写真集通が手に取り、飛ぶように売れてゆきます。

町口景が今年発表した作品は、YouTube上で新たな写真表現の可能性を伝え続ける写真家・西田航氏の「NEW TOKYO」や、木村伊兵衛賞受賞作家・石川竜一の「SUNSET」。次世代の写真家がパリ・フォトにおいても確実に認知されていることを実感します。

 ブック・セクターでは毎年、大手出版社・Apatureが、Paris Photo Apature Photobook Awardsという、その年に注目された写真集の賞を設けています。

来場客は自由に大賞作品を手にとることができ、今、どのような写真集が注目されているのかを知ることができます。(今年のノミネート作品は、下記で確認することができます)

https://www.parisphoto.com/en-gb/program/2024/paris-photo-aperture-photobook-awards.html

 パリ・フォトの会場を歩きながら、プリントと共に、写真集──紙に印刷された、物質としての写真の本質と意味について考えました。カメラやレンズのスペックを競い合うことはテクノロジーの進化という点で素晴らしいことではありますが、写真の素晴らしさは、その瞬間を記録し、その記憶を世界中の人々に届け、共有できる点にあります。
 先日東京・原宿にできたばかりの「GR SPACE TOKYO」は、まさにパリ・フォトの会場で得られる感動を、日本においても感じられる場です。プリントと写真集を前に、人々が集い、写真について語り合うことができる場所は、日本においてそう多くはありません。スマートフォンやタブレットをスクロールしながら見る写真も良いものですが、プリントを前に語り合い、写真集を読み解きながら、写真を「読む」という行為の楽しさを、日本に戻ってからももっともっと楽しみたいと思うのでした。

 パリ・フォトの会場においても「GR III HDF」は大活躍してくれました。
最初は、通常モードとHDFモードを切り替えていたのですが、HDFモードでも撮影画像はクリアなままなので、気がつくとHDFモードだけでほぼ全ての写真を撮影していました。

 マーティン・パーの写真も、ヴィヴィッドな作品の雰囲気を壊すことなく、細部まで写し出してくれます。歪みの少ないレンズは、アウグスト・ザンダーの膨大なポートレートを撮る際にもその真価を発揮してくれました。

 28mmで撮った写真を、50mm換算くらいにクロップしたものですが、大きな歪みもなく、GRのレンズは、100年近く前に撮られたザンダーによるポートレートの解像度を見事に再現しています。

 写真を生んだ国・フランスのパリでスナップを撮るという幸福な時間を「GR III HDF」は、光を探してその場の空気感を捉えるという、新たな感動を与えてくれます。勿論、いつもポケットに忍ばせ、被写体を見つけたらすぐに撮影することができる、フィルムカメラ時代から30年近くも変わらない、スナップシューターとしてのGRの素晴らしさを改めて実感したことは言うまでもありません。

 パリ・フォトのディレクター・フローレンス(Florence Bourgeois)へのインタビュー中、FlorenceがGRに目を止め、ちょっと触らせてー と手に取ったあと、こう言いました。

「とても美しいカメラね」

 
 
【パリ・フォト2024 レポート】ギャラリー・セクター編(前編)
 
★GR TV SPECIAL/by Tomohiko Ishii
Paris Photo 2024 Report Vol.1
Paris Photo 2024 Report Vol.2



 
石井朋彦 / Tomohiko Ishii 
写真家・映画プロデューサー。
「千と千尋の神隠し」「君たちはどう生きるか」「スカイ・クロラ The Sky Crawalers」等、多数の映画・アニメーション作品に関わる。
雑誌「SWITCH」「Camaraholics」等に写真やルポルタージュを寄稿し、YouTube「2B Channel」や「GR TV」、イベント等で、カメラや写真の魅力を発信し続けている。
2023年、ライカ GINZA SIX、ライカそごう横浜店で写真展「石を積む」、2024年、ライカ松坂屋名古屋展にて「ミッドナイト・イン・パリ」を開催。高輪ゲートウェイで高さ3m、全長140mの仮囲い写真プロジェクト「CONSTRUCTION STORY」を開催した。





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